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風太郎の切支丹小説では、つねに殉教者と背教者の
倒錯した感情がテーマとして描かれている
ことが多いですね。


もちろん、拷問の苦痛によって
より信仰を深める殉教者はマゾであり、
そしてかの有名な踏絵をはじめ、様々な拷問を考案した
背教者クリストファ・フェレイラは
サドであるといえます。


しかし、風太郎はこの背教者フェレイラの心理を
「感情倒錯症」と表し、彼は背教することによって、
マゾ的な快感を得ているように描いています。


敬虔な殉教によるマゾヒズムと、背教によって得るマゾヒズムは
相反しているようで、実は人間が求める快楽としては同じであるという
ことかもしれません。そうすると、信仰自体が人間のマゾ的本能を
満たすもののように思えてしまい、ちょっと複雑な気分に(汗)


そしてこのフェレイラの歪んだ欲望、
悪から快感を求めようとする心理は、
風太郎の性悪説につながる要素として興味深いです。
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SKIN:Babyish-
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