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山田風太郎明治小説全集 (14) 山田風太郎明治小説全集 (14)
山田 風太郎 (1997/12)
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表題作の『明治十手架』を読了しました。
まず設定、雰囲気作りが上手く、
囚人獄島+絵草紙屋+キリスト教+和洋折衷明治初期の香りというのが
なんともエキゾチック。それだけで興味津々、面白い♪♪
今回、史実の人物は顔見せくらいで本筋に重要な役割果たさず、
ストーリーは虚構の世界へベクトルを進めていくように見えますが、
ところがどっこいこの物語の主人公、原胤昭自身が実在する人物であり、
その縛りがある上でここまで波瀾万丈な物語を
造ってしまうのが凄いんだなあ。


後半から忍法帖のようなテイストがあり
ちょっと単調になっている気味がありますが、
私はストーリーの面白さ云々よりも、
この小説の根本にある「悪」の精神について、非常に高く評価したい。


ここに登場する悪人たちは、生い立ちや境遇によって
そうならざるを得ない、まさに「天から降ってきた不幸」によって
悪になってしまった人たち。
彼らは、美しいもの、まじめなもの、純粋なもの、幸福なものを
壊すためなら何でもし、むしろ嬉々としてそれらを破壊してやろうとする。
しかしその美しいもの、純粋なものがいざ失われてしまった時、
彼らはなぜか悲しみに泣くのである。
お夕が自害した時、悪の囚人たちはこの予想外の心の変化に戸惑い、
心の慟哭に応じて、胤昭を助けようと心変わりするシーンで、
涙が出るほどの感動、もの凄くショックを受けてしまったのだ。


人間は生まれながらにして「悪」であり、
純粋なもの、美しいもの、幸福なものを妬み、
そしてそれらに憧れながらも改心しようとはせず、
悪として生きようとする卑屈な精神がかならずある。
この囚人たちの「悪」は、人間が本来持っている
どうすることのできない性質のように感じた。
美しいもの、幸福なものを憎む心は人間らしさそのものであり、
そしてそれらを失った時の動揺、いいようのないかなしさもまた、
人間らしさそのもののような気がする。
「悪の悲しみ」は「人間の悲しみ」である。
風太郎の人間心理を洞察する炯眼の凄まじさに、おののきさえ感じる。


さて、今回はキャラが魅力的なんですが、
まず何といっても原胤昭!!!
もう個人的に「原の旦那」というだけで萌える。
しかもイナセな江戸っ子口調がたまらんわ!!!(笑)
江戸っ子なので着流しに雪駄履き、オシャレさんなのに
背中に十手架を背負うのはぶっちゃけ少々ださいと思うんだが
どうだよ原さん。
しかも相思相愛の美女と一つ屋根の下で暮らしながら、およそ10年も
全く進展なしなんて、プラトニックラブを通り越して
ただの意気地なしですから。
オクテにもほどがあるぜ☆
どうせお夕さんと結婚しないなら私と結婚してください。
よくよく考えたら
見えない十手架を振り回すちょっと電波な江戸っ子お兄ちゃん
なんだがまああれだ、その辺も萌えだな。
『地の果ての獄』が一気に読みたくなってしまいましたよ!!
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SKIN:Babyish-
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