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エドの舞踏会―山田風太郎明治小説全集〈8〉 エドの舞踏会―山田風太郎明治小説全集〈8〉
山田 風太郎 (1997/08)
筑摩書房

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気分的にテンプレートを変更してみました。
『エドの舞踏会』といえば、明治小説群の中でも人気作なんですが、
個人的にはう~ん、なぜかあんまりなんです。


確かに、レベルが高く非常に完成度の高い一作です。
お気に入りは森有礼夫人の章で、ラストのル・ジャンドル夫人の章の
締めの滝の流れるような名文が好きです。


どこがどう悪いだなんて点は一切無いんですが、
個人的に気になるのは「風太郎らしさがあまり感じられない点」なんです。
私にとって風太郎らしさとは、奇想でも破天荒なストーリーでも
テクニックでもなく、風太郎独自の思想。


『エドの舞踏会』では、明治に生きる政界人の妻の物語なんですが、
つまり女性讃歌の物語であり、女の精神のたくましさ、
身分によって左右されない女性の素晴らしさを描いています。


んが、なんだかそれが私には物足りない。
例えば「女性讃歌とは、フェミニズムとは何か」と問われた時、
『エドの舞踏会』はまるで優等生の模範解答を
見るような印象を受けました。
私にとって、風太郎のフェミニズムとは『くノ一忍法帖』であり
『棺の中の悦楽』であり、それらに比べたら『エドの舞踏会』は
うわべだけの女性讃歌のような気がしてしまうんです。


そして、『くノ一忍法帖』や『棺の中の悦楽』にあるフェミニズムは
風太郎しか描けないもので、『エドの舞踏会』は他作家でも描けるような
内容のように思えてならない。『エドの舞踏会』より、もっととんでもない
傑作がこの作家には山のようにあるでしょう。


もし『エドの舞踏会』が他作家が書いたものなら迷わず傑作レベルですが、
風太郎の高水準の作品レベルから考えると、
普通といおうか秀作のレベルに止まる気がする。
それだけ風太郎は異常にレベルが高く、
だからこそ読者である私が風太郎に求める水準が高いということなんですけどね。
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